「定期便って、なんか使いこなせてない感があって……」
ミズキがぽつりと言った瞬間、私はキーボードを打つ手を止めた。
午前11時。編集部のオフィスにはコーヒーの匂いとモニターの白い光が漂っていた。コウタがNotionをスクロールしながらコーヒーを飲んでいて、ハルが手元のメモに細かい字で何かを書き込んでいて、タケルは「うちでもやってみたんだけど」という枕詞で始まるエピソードを温めている、いつもの光景。
「それ、絶対みんな思ってる!」
即答した。私も思ってる。定期便を設定して安心して、放置して、気づいたら棚がえらいことになってる。テーマ採用、決定。こうして今月の記事は幕を開けた。
給食センターの段取り術を「睡眠」に転用した男
テーマが決まって最初に動いたのはタケルだった。
「僕、給食センター時代の段取り術を睡眠に応用してるんですよ」
ハルが眼鏡の位置を直した。「……どういうことですか?」
「給食って、前日の夜に翌日の段取りを全部決めておくんです。何時に何を仕込んで、何時に火を入れて。それを睡眠に当てはめると、就寝の2時間前に何をするか、照明を何時に落とすか、全部決めておく。そうすると迷わなくていい」
ハルが「睡眠と給食センターの接続点をもう少し説明した方がいいのでは」と言った瞬間、コウタが「いや、これ直感で読めます」と割り込んだ。そしてひと言。
「これ、読者刺さるやつです。即GO」
コウタが「刺さる」と言うときは大体当たってる。私もそう思ったので即採用。ハルはその後、段取り術の文献を調べてきて「認知行動療法にも似た概念がありまして」と補足を入れてくれた。毎回助かる。
タケルが元給食センター調理師というのは編集部的に何かと強くて、料理の話になると急に説得力が出る。ただ、今回も原稿が返ってきたら5800字になってた。
「タケル、体験談だけで3000字超えてます」
「でも実体験があってこそのリアリティで……」
「体験談は2割、TIPSは8割。原稿、もう一回お願いします」
タケルはちょっと口を開けた後、「……わかりました」と言って2時間後に2800字の原稿を送ってきた。締まった。いい原稿になった。
ちなみにそのやりとりの中でタケルが「寄付箱に子どもの服を間違えて入れそうになった話も入れようかと思って」と言い出したとき、ハルが0.5秒で「それは原稿に書かないでください」と返した。私は笑いながら「失敗談は刺さるんだけど、読者が心配する案件は別です」と言った。タケルは「そっか……」と納得してたけど、顔はちょっと残念そうだった。
トイレットペーパー60ロールと、ハルの「事実確認します」
話を戻そう。
テーマ採用が決まって最初の打ち合わせで、ミズキが「実は今うちに、トイレットペーパーが60ロールあります」と言い放った。
ハルのペンが止まった。
「…………事実確認します」
食い気味だった。ハルが食い気味になるのはかなり珍しい。いつも「…と言われていますが、実はこうです」という間があるのに、今日はゼロ秒だった。コウタが「60ロールって何ヶ月分ですか?」と聞いて、全員で計算した。
4人家族、月4ロール使用。60ロールは15ヶ月分。
「定期便の届く頻度、一度も調整したことないんですよ」とミズキが言ったら、ハルが静かに「……それは定期便の運用ではなく、定期便への服従です」と言った。コウタが笑いをこらえながら「それタイトルに使えますね」ってメモしてた。
「本文に入れてください」と私が言ったら、ミズキが「なんで私の家の在庫が記事のネタに……」と言いかけて、でも笑ってたから許可とみなした。
「使いこなせてない感」の正体って、こういうことだと思う。設定したことで安心して、チューニングをやめる。積み上がるロールに気づかない。気づいたときには15ヶ月分。これ、笑えないくらいあるあるだ。
通知をゼロにしたら、保育園の電話を2時間見逃した
この日の打ち合わせで出てきた話の中で、私が一番「あ、これ絶対入れよう」と思ったのがこれだ。
スマホ通知の整理の話になって、ミズキが「私、全部ゼロにしました」と言った。
ハルが「どこまでゼロにしましたか?」と確認すると、
「全部です。全アプリ」
「保育園のアプリは?」
「……あ」
この「あ」の重さよ。ミズキが通知をゼロにした翌日、保育園から「お子さんが発熱しています」の電話が来ていた。でも気づいたのが2時間後。「先生に『迎えが遅い』って言われました」と告白したとき、ハルは一瞬目を閉じてから、
「設定が甘い」
と言った。褒め言葉じゃない、でも間違いでもない。タケルが「それ僕もやりかけた」と言ったので、その場で「緊急連絡先だけバイパスする方法」という節を急遽追加することになった。コウタが「このエピソード冒頭に持ってきましょう」と言ったので、原稿の構成を組み替えた。
ハルが「事例として書くなら匿名にしますか?」と聞いたら、ミズキが「いや、私の失敗として書いた方が絶対面白い」と言った。強い。
その後、ミズキが「でも通知87回っていうデータ、ちょっと盛りすぎじゃないですか」と言い出した。「1日87回って多くない?」と。ハルが「調査データがあります」と資料を出してきた。本当にあった。コウタが「俺も100回くらいいってるかも」と言い、タケルが「子どもが生まれてから通知の種類が倍になった」と言い、ミズキは渋々「……わかりました」と納得した。
「体験談ベースで書けば数字は目安でいい」と私が言ったら、やっと原稿が動き出した。
「鮮度命は都度注文」は本文に書いてあります
原稿のレビュー中に、私が「定期化リストに野菜も入れてみたらどうかな」とミズキに言った。
間髪入れずに返ってきた。
「鮮度命のものは都度注文、って本文に書いてあります。読みましたか?」
読んでなかった。
ハルが苦笑いしてた。私も苦笑いした。「ごめん、読み飛ばしてた」と言ったら、ミズキが「まあ、それはそれでUXの問題でもあるので……見出しに入れます」と言って修正してくれた。いい子だ。
ちなみにこのやりとりの少し前に、ミズキが「実はデータが3万件あって……」と言い出したとき、ハルが「それは整理ではなく、放置です」とすかさず言った。コウタが笑いをこらえながら記事タイトルの案を修正していた。タケルが「僕も去年、7回注文失敗して……」と話し始めたので、全員がそっと聞く体制に入った。
タケルの失敗談は長い。でも、面白い。
失敗談が一番刺さる、というのが編集部の結論
今回の記事を作りながら改めて思ったことがある。
「失敗談も入れるか迷った」とタケルが言ったとき、私は「それが一番刺さる」と即答した。本当にそう思ってる。定期便の活用術でも、スマホ整理でも、「うまくいった話」より「失敗した話」の方が読まれる。「あ、私もやってた」という感覚が、信頼に変わるから。
ミズキの60ロール事件もそうだ。「定期便を活用したらこんなにラクになりました」より、「気づいたらトイレットペーパーが15ヶ月分あった」の方が、圧倒的に「わかる」が生まれる。
ハルが原稿の筋取りの記述を確認していたとき、ちょっと笑ってた。「ハル、笑ってましたよね」って聞いたら、「……面白い切り口だとは思います」と言った。ハルが「面白い」と言うのは、本当に面白いときだけだ。私はそれを褒め言葉として受け取ることにしている。
コウタが「タケルさんの給食センター段取り術、俺の実家でも使えそう」と言いながら原稿を閉じた。タケルが嬉しそうにした。ミズキが「コウタくん実家暮らしでしたっけ」と聞いたら、コウタが「……一人暮らしです」と小声で答えた。
打ち合わせが終わったのは午後2時過ぎ。「そういえば、キャベツ腐らせたの実話?」とハルがミズキに聞いた。「実話です」とミズキが答えた。「やっぱり」とハルがため息をついた。タケルが「うちも先週なすびが……」と言い出したので、私は「それはいいです」と言って会議を終わらせた。
来月も、きっと誰かのぽつり一言からテーマが決まる。そういう編集部だ。


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