給食1000食より怖い、靴下80足の洗礼

Asian professionals collaborating in a bright modern office setting. 編集部コラム
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「うちは給食センターで1000食分の段取りを毎日やってたから、名前付けくらい余裕っす」

タケルがそう断言したのは、火曜日の午後2時ごろだった。入園グッズの名前付け記事を担当していたタケルが、キーボードを叩きながらニヤリとした顔でそう言った。画面の向こうには、まだほとんど埋まっていない原稿があったはずだ。

私はコーヒーカップを置いて、顔を上げた。

「じゃあ、子供の靴下80足に名前押してみて」

0.5秒の静寂。

「……それは別の話では」

給食センターで1000人分の料理を捌いてきた男が、靴下という名の敵を前にして沈黙した。これが時短ラボ編集部の、ごく普通の火曜日午後である。

タケルの「段取り理論」はどこへでも飛んでいく

タケルは28歳。元給食センター調理師で、去年子どもが生まれたばかりの新米パパだ。「冷凍庫は第二の脳」という持論を持ち、料理の段取り力を記事に活かすのが売り。そこまではいい。

問題は、その段取り理論が洗濯にまで飛び火することだ。

先週、タケルが仕上げてきた原稿のタイトルは「給食の段取りで、洗濯がラクになった話」だった。読み始めた瞬間、私は思わず声に出して笑った。

「なんでそこに繋がるの」

「段取りは普遍的なんですよ!仕込みと漬け置きって、構造が一緒なんです!」

確かに言っていることはわかる。でも普通の人はそこを繋げない。繋げてしまうのがタケルだ。しかも論理が妙に通っていて、反論しづらい。私はそのまま即GOを出した。読者は笑いながら納得するはずだと思って。

その読みは当たった。公開後、「漬け置き洗いって確かに仕込みだわ」というコメントがちらほら来た。段取り理論、恐るべし。

かぼちゃの甘煮レシピ記事でも、似たことがあった。タケルが「息子エピソード」を3つ入れてきたので、「多すぎ!削って」と1個カットさせた。タケルは「これがいちばん伝わるやつなんですよ…」と言いながら泣く泣く従ったけれど、その削られたエピソードがSNSで一番ウケていた。私の判断ミスである。今度から「息子エピソードは2個まで」に基準を変えようと思っている。タケルには言っていない。

それにしても、給食の段取り力が靴下80足には通じなかったという事実は、今週の編集部でいちばん笑えた出来事だった。名前付けスタンプのインクと、1000食分のスープの量は、どうやら別の次元にあるらしい。

「23枚プリントは笑えん」と言いながら、導入が長い人

ミズキは26歳。元ITカスタマーサポートで、自称ズボラの天才。「それ、まだ手作業でやってるんですか?」という決めゼリフを持ち、ガジェット好きでデスク周りの配線量は編集部随一だ。

ある日、ミズキが画面を見つめながら「23枚プリントは笑えん」とつぶやいた。入学準備の書類が23枚あった、という話らしい。当事者として共感しながら書いている状況だ。それはわかる。

私がその原稿を読んだのは、提出から30分後のことだった。

「ミズキ、この導入、もう少し短くできる?」

「え〜!でも臨場感あるじゃないですか!あの23枚の重さが伝わらないと!」

ミズキの導入は300字だった。23枚の書類を目の前にした朝の描写が、細部まで書き込まれていた。コーヒーメーカーの音、プリンターのインク残量警告の点滅、窓から見える桜が散っていく様子まで。臨場感はある。ただ、読者が求めているのは書類整理の話であって、窓の外の桜ではない。

「半分にして」

「半分!?それだと息が詰まって死にます」

「死なないから」

結局、原稿はほぼそのままで通過した。ミズキの粘り勝ちだ。でも正直、あの導入があの記事に合っていたのは認める。桜の描写が、23枚の書類の重さを倍にしていた。私がちょっと雑に判断した部分もある。

ただし、次の原稿でまた同じことが起きるのはわかっている。今から心の準備をしている。

「体験談?広告?」「両方です!」

ミズキのもうひとつの癖は、商品のお得情報を熱く語りすぎることだ。

「リンさん、Amazonのセット2480円、絶対お得ですよ!!」

ある午後、ミズキが興奮した顔でそう言ってきた。名前付けグッズのセット商品の話らしい。目がキラキラしていた。スタンプ+シール+お名前ペンが一式揃っている、あの手のやつだ。

「それ、体験談?広告?」

「両方です!」

編集部全員で笑った。コウタが「いや正直すぎる」と言い、ハルが「…それ、記事に書く場合は表記が必要ですよ」と静かに釘を刺した。ミズキは「わかってますよ!」と言いながらも顔が若干引きつっていた。

ミズキの熱量は本物だし、読者に届く説得力もある。ただ、そのまま記事に乗せるとPR記事と通常記事の境界線が溶けていくので、私が毎回確認する係になっている。これはこれで編集長の仕事なのだと思っている。

ちなみに、定期便の頻度計算に22分かけた話もミズキだ。

「シャンプーの定期便、頻度の計算に22分かかったんだけど…」

「それ、一生に1回だから」

「え、でも使用量が季節によって変わるし、家族の人数が増えたら——」

「一生に1回」

ミズキは黙った。そういう会話が週に3回はある。ミズキの「22分」と私の「一生に1回」は、もはや編集部の定型文になりつつある。

フォトブックのボタンを押す勢いで、原稿を仕上げてほしい

「フォトブックの注文ボタン押した瞬間がいちばんスッキリするんですよ!あの達成感、わかります?」

ミズキがある日、力説してきた。フォトブック整理術の記事を書いていたらしく、スマホアプリから注文完了した瞬間の話をしていた。その顔は本当に満足そうで、午後3時のオフィスにしては随分と幸せそうだった。

私はそのスッキリ顔を眺めながら言った。

「原稿も同じ気合で仕上げてね」

「…はい」

ミズキのスッキリ力は本物だ。だからこそ記事も最終的にはちゃんと仕上がる。ただ、その「スッキリ」が注文ボタンに向いているときと原稿に向いているときの頻度が、やや前者に偏っている気がしなくもない。

「3秒ルール」を連呼しすぎた件も、同じ文脈だと思う。あるとき、ミズキが3記事連続で「3秒ルール」という言葉を使ってきた。読者に刷り込む戦略なのか、単純に気に入っているのかは今もよくわからない。

「それ、もう商標登録したら?」

「し、しません!」

その返しが悔しそうで少し可愛かった。

私がツッコミ役でいる理由

「バックトラックって言葉、一般人に伝わる?」

ある日ミズキがコウタに聞いた。コウタは24歳。元月間10万PVブロガーで、ノリと勢いのムードメーカーだ。

「伝わります、むしろかっこいい」

コウタが即答した。ミズキの顔がぱっと明るくなった。私はその会話を聞きながら笑っていた。コウタの「むしろかっこいい」という判断は、正直あんまり根拠がない。でも、ミズキがその言葉を使いたがっているのはわかったし、記事の文脈には合っていた。だから私もそのままGOを出した。

ハルは隣で紅茶を飲みながら「…バックトラック、辞書的には正しいですね」と静かに言った。ハルは41歳。元国会図書館司書で、編集部のブレーキ役だ。Slackに「事実確認OKです」と送ってくるだけの日もある。素っ気ない文体なのに、その一言で全員がどこかほっとする。あの安心感はなんなのだろう、といつも思う。

花粉症ネタでミズキが張り切りすぎた日もあった。自分の花粉症体験を熱量高く書いてきたので、「読者目線が足りない、自分語り多すぎ」と一言返したら、全部書き直してきた。あの素直さはミズキの強みだ。傷ついている様子もほぼなかった。打たれ強さとスッキリ力、これがミズキの武器なんだと思う。

この編集部は、タケルの段取り理論と、ミズキの体験談熱量と、コウタの勢いと、ハルの静かな正確さが、毎日ぐるぐる混ざり合っている。私の仕事は、それを記事に着地させること。ツッコんで、削って、「それ何秒でできる?」と言って、たまに「そのままでいいか」と黙ってGOを出す。

来週もたぶん、タケルが誰も頼んでいない段取り理論を繰り出してくる。ミズキが22分かけて何かを計算する。コウタが「むしろいい」と言って場を和ませる。ハルがSlackに「確認OKです」と送ってくる。

私はまたコーヒーを一口飲んで、「それ、何秒でできる?」と言うのだろう。

靴下80足の洗礼を受けたタケルは、あれ以来、名前付け記事に妙な説得力が増した。1000食の段取り力が通じなかった経験は、ちゃんと原稿に生きている。編集部ってそういうところだと思う。笑えた話が、いい記事になる。

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