「ミズキさん、また同じことやってる気がするんですけど……」
4月の頭、私はデスクの前で完全に固まっていた。書類の山、去年の手帳、開封すらしていない郵便物、誰のものかわからないUSBケーブル。毎年この時期になると、こうなる。わかってる。わかってはいるんだけど、なぜか繰り返す。
ミズキが画面から目を離さずに言った。「俺もサポートの現場にいたころ、4月になるたびに『去年の俺は何してたんだ』ってなってましたよ」
「だよね!ってなんで他人事なの」
「でも3分類を覚えてから、15分で終わるようになりました」
…15分? このデスクの惨状を見て、15分って言える?
「タイマーかけてやってみ」の一言でやってみた
ミズキいわく、コツはシンプルで、「捨てる」「使う」「移す」の3択しか考えないらしい。迷ったら全部「移す」に投げる。「移す」は別の箱に入れておいて、あとで一括判断。完璧にやろうとしないのがポイントで、「100点の整理より、60点の整理を15分でやる方が絶対に正解」という哲学らしい。
「タイマーかけてやってみてください。制限時間があると、不思議と迷わなくなるんですよ」
半信半疑で15分タイマーをセットした。最初の5分、思ったより手が動く。「使う」か「捨てる」か「移す」か、それだけ考えればいいと思うと、脳の負荷が下がる感覚が確かにあった。
結果、14分38秒でデスクの上がほぼ片付いた。
「……ほんとに終わった」
「でしょ」とミズキがドヤ顔をしていたので、「でも『移す』の箱は山になってるけど」と言い返したら、「そっちは今週末でいいんですよ」とあっさり返ってきた。なんか悔しいけど、正しい。
「これ、ミズキの私物ノートでは?」という疑惑
この3分類の話、実は記事にするとき少し揉めた。というか揉めるほどでもないんだけど、ミズキが出してきた原稿の元ネタが、明らかに個人ノートそのものだったのだ。
「ミズキさん、これ……自分のためのメモを清書しただけじゃない?」
「だから刺さるんですよ! 自分が本当に困って、自分が本当に使ったものしか書いてないから」
……一瞬「そういう問題じゃないんだけど」と言いかけて、読み返したらたしかに刺さった。抽象的な”整理術”じゃなくて、「私は毎年4月に後悔してた」という体験談から始まるやつ。読者が「わかる」と思う手前に、ちゃんと失敗談が置いてある。
「……GO。でも次から最初に言って」
「言ったら没にされると思ったんで」とミズキは悪びれもなく言った。まあそれはそう。
ちなみにミズキはその後、曜日別タスク表の記事も書いたんだけど、ハルに「細かすぎてかえって続かない気がする」とチェックで指摘が入った。ミズキは「いや、絶対続きます」と言い張り、3日後に「ちゃんと続いてます」と報告しに来た。ハルは「そう」と一言だけ言って紅茶を飲んでいた。
のっけ丼の具が全部床に落ちた日
話は変わるけど、タケルが最近「うちの子がのっけ丼の具を全部床に落とした」と言い出した。
「具を全部?」
「全部。それを見て僕、なんか悟っちゃって。子供って、完成品を見せると必ず崩すんですよ。だから最初から崩せるものを出すほうがいいって気づいて」
ハルが「……それ、段取りの記事に入れなさい」とすかさず言った。ハルが「入れなさい」と言うのは珍しい。私も「その失敗談がいちばん刺さる」と思って、即背中を押した。
タケルの記事が強いのは、全部実体験だからだ。「給食センターの段取りを家事に応用する」という企画も、最初私は「それって家事記事になるの?」と半笑いで聞いたんだけど、下書きを読んだら「実体験が生きてる、GO」と即言ってた。10分後に。
タケルは「卵焼き冷凍の話も、子供が生まれてから実体験なんですよ」と言っていて、ハルが「それ絶対書いて」と即ツッコんだのも記憶に新しい。ハルが「絶対書いて」と言うのは年に数回しかないので、タケルは真剣に喜んでいた。
「保育園の書類が半年分溜まってた」は秒でGOになった
ある日タケルが「相談なんですけど、保育園の書類が半年分溜まってて、どう整理すればいいか……」と言いかけたところで私が遮った。
「それ記事じゃん」
タケルが「え、相談だったんですけど」と苦笑していたけど、これはもう完全に記事のネタだった。半年分の書類って、同じ状況の親御さん絶対いる。しかもハルがすぐ「税務書類の保管年数、確認しますね」と動いてくれて、根拠のある情報も補完された。
こういうとき、ハルの存在がほんとうにありがたい。私とタケルでノリで走り出しても、ハルが数字と根拠を確認してくれる。スタンプの乾燥待ちが「15分」という記述に「根拠ある?」と突っ込んで、タケルがスタンプの取説を持ってきたこともあった。「乾燥待ち15分、取説に明記」は意外と刺さる一文になった。
タケルが「給食の段取りと同じですよ」と言い出して、私が「名前付けの話してるんだけど?」と笑ったあの収録も懐かしい。でもそのズレた例え話が、記事の中で一番いい比喩になった。
ミズキが「役所1回で全部終わった」とドヤった翌日
年度末になるとミズキは毎年、住所変更やら何やらの手続きをまとめてやる。今年は「役所1回で全部終わらせてきました」とドヤ顔で帰ってきた。
「えらい、ちゃんとまとめたんだ」と私が言ったら、ハルが静かに「携帯会社の変更、忘れてない?」と一言。
ミズキの顔が止まった。
翌日ミズキはまた手続きに行った。一言も言わずに行って、一言も言わずに帰ってきた。私とタケルは何も聞かなかった。ハルは紅茶を飲みながら「よかった」とだけ言っていた。
この編集部で通る記事は、大体こういう「盛れない失敗談」がベースにある。タケルの子育て実体験も、ミズキの手続き失敗も、私の年度末デスク崩壊も。きれいにまとまった「〇〇術」より、「やらかした話」から始まる記事のほうが、読者に刺さる。それはもう何度も実証されてきた。
子供の朝寝の間に衣替えを終わらせたタケルの話も、「給食センター×クローゼット、今季いちばん好きな切り口」と私が言ったら、ハルに「珍しく全部事実だね」と笑われた。褒めてるのか褒めてないのかわからないけど、ハルがクスッとしたのは確認した。
年度末、また同じ失敗をしたけど、今年は15分で脱出できた。ミズキに教わった3分類は、本当にシンプルで、本当に効いた。「迷ったら全部『移す』」というズボラ哲学が、なんでこんなに機能するんだろうと思うけど、たぶん「完璧にやろうとしない」という許可を自分に出すからなんだと思う。
来年の4月、同じことを言わないようにしたいけど、もし言ったとしても、それはまた記事になるので、まあいいか。


コメント