「それ実話?」が口癖になった編集長の話

A diverse group of professionals enjoying a light-hearted moment in the office. 編集部コラム
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「義母から除湿器を学んだんですよ、僕」

タケルがそう言いながら原稿を差し出してきたのは、今週の水曜日だった。コーヒーを飲もうとしていたカップを途中で止めて、私は彼の顔をちゃんと見た。

「……それ、実話?」

「実話です」

義母が除湿機マニアで、里帰りのたびにメーカーの話を聞かされてきたこと。だから除湿機の記事を書いたとき、なんか妙にリアルに書けてしまったこと。タケルは至って真顔だった。

隣でコウタが「説得力あって最高じゃないですか!」と即OKを出してた。私も即OKした。でも「義母から除湿器を学んだ」って一文、普通に書けないと思う。普通は。

「それ実話?」が口癖になってきた件

この編集部に来てから気づいたことがある。私、かなりの頻度で「それ実話?」と聞いている。

花粉の記事でもそうだった。タケルが「室内干しは外干しの1.5倍時間がかかる」と書いてきて、思わず手が止まった。

「これ……計ったの?」
「計りました」
「え、本当に?」
「ほら」

スマホを差し出してきたのがストップウォッチの画面だった。洗濯物が乾くまでの時間を2パターン、しっかり計測した形跡がある。タケル、本当に計ってた。

ちょっと待って。それ何時にやったの。朝?夜?ベランダと室内で同じ洗濯物を使ったの。疑問は尽きないけど、証拠がある原稿は強い。記事はそのまま通った。

編集長として「それ、何秒でできる?」が私の口癖のつもりだったのに、気づいたら「それ実話?」もセットになっていた。

入学準備グッズとSさんの謎

今週、タケルが主役すぎた。もう少し続けさせてほしい。

入学準備グッズの記事を書いていて、「うちの子まだ赤ちゃんなのに、なぜかリアルに書けてしまって……」と困惑しながら原稿を持ってきた。なぜそれができるのと思いながら読んだら、確かにいい記事だった。体験談風のエピソードが自然に入っていて、読み手がちゃんとイメージできる内容になってる。

「だれかモデルいるの?」と聞いたら、「Sさんという方のエピソードを参考に」と言う。

「Sさんって、実在するの?」

「……インスピレーションです!

その場が1秒くらい凍りついた。コウタが「インスピレーションって何?」という顔をしていた。ハルが「…それは架空の人物では?」と静かに言った。タケルは「インスピレーションです!」をもう1回繰り返した。

でも記事はよかった。よかったから通した。これが編集の難しいところだと思う。Sさんがどこにいるのかは、今もよくわからない。

クローゼットと給食の段取りが30分を奪った

「クローゼット整理って、給食の段取りと同じなんですよ」

突然タケルが言い出した。金曜の午後のことだ。私はすでに2本の原稿を抱えていた。オフィスにはコーヒーメーカーの動作音と、誰かのキーボードの音だけが流れていた。

「どういうこと?」とハルが真剣な顔で聞いた。これがいけなかった。

「まず全体量を把握して、カテゴリ別に仕分けて、時間のかかるものから手をつける順番が、調理と一緒で——」

ハルがメモを取り始めた。コウタが「確かに……」とうなずいた。気づいたら私以外の全員がタケルの話に引き込まれていた。タケルの声は穏やかで、なんか本当に説得力があった。

30分後、私が口を開いた。

「原稿、先に書いて」

タケルが「あ、はい」と言って画面に向き直った。ハルが「続きはまた今度聞かせてください」と言っていた。ハルも脱線してたのかよ。

ちなみにその「クローゼット整理の記事」はまだ上がってきていない。

もやしナムル、本当に3分で火通るの問題

「帰宅後20分3品」の記事をタケルが書いていたとき、ハルが原稿を読みながら言った。

「タケルさん、もやしナムルって本当に3分で火通りますか?」

静かな疑問だった。でも鋭かった。もやしって意外と生っぽく残ることがある。私も一瞬「そういえば……」と思った。

タケルは給湯室に向かいながら「やってみます」と言い出した。え、今?という空気になったけど、彼はもうもやしを鍋に入れていた。どこから出してきたのか、常備されていた。

3分計った。

ちゃんと通ってた。

「通りました」とタケルが言った。ハルが「……そうですか」と言った。コウタが「タケルさん、もやし常備してるの怖すぎる」と言った。私は何も言えなかった。

記事の「3分」はそのまま使った。実演つきの原稿を却下する理由がなかった。

「記事書いたら説得力出るでしょ!」理論

タケルの話ばかりしてしまったが、ミズキも今週はよくやっていた。よくやっていた、というか、よくツッコまれていた。

「Excelあるのに印刷する人ってなんなんですかね」と愚痴りながら書いた原稿を私が受け取ったとき、気づいてはいた。でも言うタイミングを待っていた。

「ミズキ、先週それやってたよね」

沈黙が3秒続いた。「あれは確認が必要だっただけです」と言ったが、説得力はなかった。

スマホ通知の記事を書き終えた直後も同じだった。送稿してきた瞬間、ミズキのスマホが振動した。画面が光って、通知が3件まとめて届いてた。

「さっきも鳴ってたよ」

また沈黙した。ミズキの表情が少しだけ固まった。

スマホ整理の記事では「スクショ28枚撮って検証しました」と言っていた。コウタが即座に「それ、整理できてない人の習性では?」とツッコんだ。ミズキは「スクショは資料です」と言い張っていた。キリッとした顔で。

そして週次コーデ決めの記事を書き終えた直後、コウタが「ミズキさん、自分のクローゼット整理できてないじゃないですか」と言ったとき、ミズキが言い放った言葉が今週のベストだった。

「記事書いたら説得力出るでしょ!」

論理がおかしい。でも少しわかる気もする。書くことで自分を律しようとしているのかもしれない。あるいは書いた内容を自分への課題にしているのかもしれない。どちらにせよ、それはそれで正直な動機だと思う。

ミズキのクローゼットは来週も整理されていないと思うけど、記事はちゃんといいものを書いてくる。それでいい、と今は思っている。

来週もたぶん、誰かが証拠を出してくる。タケルがまた何かを計測しているかもしれないし、ミズキがスクショを増やしているかもしれない。ハルはきっと静かに正しいことを言う。コウタはタイミングよくツッコむ。

私は「それ実話?」と聞きながら、コーヒーを飲んでいる。

それでいい編集部だと思っている。たぶん。

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