「ミズキさん、このタイトル、ちょっとパワーワード感が強くないですか」
コウタがそう言ったのは、今回で5回目だった。
今週、ミズキがスマホ写真整理の記事を担当することになって、最初に出してきたタイトルが「溜め込んだ写真、全部消したら人生変わった」。コウタが「言いすぎでは?」と返して、次が「スマホの中、整理したら100GB空いた話」。「100GBの根拠は?」で没。「写真整理で後悔した3つの理由」では「ネガティブすぎる」で没。「夏の終わりに、写真を1枚ずつ見直した」に至っては「コラム誌じゃないですよここ」とまで言われた。
そして5本目を没にされたミズキが、ついに言い放った。
「もう自分で書いてください」
コーヒーメーカーのブーンという音だけが、しばらく響いていた。
没にした人が出したタイトルも、没になった
コウタが自分でタイトルを出したのは、編集会議の最後の5分だった。「スマホ写真、今日から変わる整理術」。うん、それ私が先週没にしたやつと構造おんなじだな、と思いながら、私は静かに首を横に振った。
コウタが「え、なんで?」と言い、ミズキがコーヒーをすすりながら「ですよね」と言った。表情は無だった。ちょっと怖かった。
結局、最初にミズキが出した方向に近いかたちで落ち着いた。「スマホ写真を整理したら、バッグが1つ減った話」。コウタが「なんか抽象的じゃないですか」と言ったけど、私は「それくらいでいい」と押し切った。読者が続きを読みたくなるタイトルって、全部説明しないことの方が多い。
ミズキはしばらく黙ってから「……最初からこれにしとけばよかった」とつぶやいた。誰も否定しなかった。否定できなかった、が正しい。
「400枚消えた」は断言できない問題
原稿が上がってきたのは翌日の夕方で、読んでいたハルが「ちょっといいですか」と声をかけてきた。ハルの「ちょっといいですか」は、毎回それなりの重さがある。
問題になったのは本文の一文。「重複項目の削除だけで写真が400枚消えました」という記述だった。
「この400枚、機種やOSのバージョンによってかなり変わります。断言するのはちょっと……」とハルが言う。ミズキは「でも実際に消えたし」と抵抗したけど、ハルはメガネをくいっと上げて「実際に消えたのはミズキさんの機種でのお話です。読者全員がiPhone 15で最新OSだとは限らない」と続けた。淡々としてるけど、毎回ちゃんと筋が通っている。
ミズキが渋々「機種によって異なりますが、私の場合は400枚以上消えました」に直したとき、タケルが「でもその修正、説得力増した気がする」とフォローした。ハルが「そう、体験談として書けば嘘にならない」と続けた。
ミズキは「……なんか余計に恥ずかしいな」と言った。そういうもんだと思う。体験談って、むしろ限定することで強くなる。
1万2千枚、ここで告白します
その後、なんとなく雑談になって、ミズキが「実は私も去年まで1万2千枚溜めてたんですよ」と言い出した。
オフィスが一瞬静かになった。モニターのファンの音だけが残った。
「えっ、写真整理の記事書いてる人が?」とコウタ。「去年まで、ってことは今は違うんですか」とタケル。そしてハルが静かに一言。
「校正より先に自分の写真を整理してください」
ミズキは「だから整理したって言ってます!」と言ったけど、誰もその説明を聞いてなかった気がする。コウタはすでにスマホを取り出して自分の写真枚数を確認していたし、タケルは「うちも数えてみたら怖いな。子供生まれてからやばい枚数撮ってる」と言っていた。私は見なかった。見たら絶対もっと多かった。
でも正直、1万2千枚を去年までに整理したミズキが、この記事を書くのは正解だと思っている。きれいな部屋の住人が「片付けのコツ」を書いても、読者には刺さらない。泥の中から這い上がってきた人の話の方が、ずっとリアルだ。
「第3世代リスト」って、何を経てきたの
もう一個笑えたのが、ミズキが原稿の中で「私の写真チェックリスト、実は第3世代なんですよ」と書いてきたくだりだった。
私が「何世代まで進化させる気?」と聞いたら、ハルが横から「第3世代ってことは、2回失敗してるってことですよね」とにこやかに言ってきた。ハルの笑顔は、いつも少しだけこわい。
ミズキは「失敗とは言ってない、アップデートです」と返したけど、コウタが「でも第1世代と第2世代、使えなかったから更新したんですよね?」と畳み掛けて、ミズキは「……まあ、そう」と認めた。顔が微妙だった。
結局「試行錯誤の末にたどり着いた」という文脈で原稿に残すことにした。第3世代、という響きはむしろ信頼感があるとタケルが言ったので。確かに、3回やってきた人の話の方が説得力がある。完成品の話より、失敗ごと見せた方が読者は安心する。
「制服化」をめぐる、静かな攻防
タケルが最後のパラグラフをひっそり書き直してきたのは、コウタのひとことがきっかけだった。
「写真管理の習慣を『制服化』って表現してるとこ、なんかちょっと引っかかる人いませんかね」とコウタが言った。私は「それくらいでいい」と答えた。引っかかりがあるくらいの言葉の方が、読まれる。説明しすぎたら、読む前に満足されてしまう。
コウタは「でも……」と言いかけて、私の顔を見て黙った。
でもタケルは何も言わずに、最後のパラグラフをひっそり書き直してきた。「制服化」は残ったまま、その手前の文脈をちゃんと作ってから言葉を置いたのだ。読んだら、確かに違和感がなくなっていた。言葉を削らずに、周りを整えた。
「直したんだ」と言ったら「なんとなく」とタケルは答えた。このひとはいつもこういうことをする。言葉じゃなくて、文章で返してくる。元調理師だからか、段取りと仕込みで解決しようとする。
「隔週ってなんですか」で止まった午後2時
締め切り前日、ミズキが「あの、隔週と月1って何が違うんですか」と言い出したのは午後2時だった。
私は「そこから?」としか言えなかった。
隔週は2週間に1回、月1は月に1回、だから月によって隔週は3回になることもある、という話をミズキに説明したのはハルで、ミズキは「あ、じゃあ隔週の方が多い月もある?」と確認して、ハルが「そうです」と答えた。丁寧だった。私だったら「調べてください」で終わっていた。
コウタが「え、俺もなんとなく同じだと思ってた」と言ったので、私の中で何かが静かに崩れた。
でもハルのフォローで原稿には「2週間に1回(月2〜3回)」という表記に落ち着いて、ミズキは「これ、同じ疑問持ってる読者も絶対いると思う」と言い直した。たぶんそれは本当だ。知らなくて当然の話を知ってる顔で書くより、「私もわかってなかった」を出発点にした方が、読んでる人は楽になる。
電車の中でスマホをポチポチやっていたタケルが「あと冒頭に、電車でこれやってたら隣の人にガン見されたって体験談入れませんか」と言い出したのは、もうほぼ完成のタイミングだった。
私は「それ、本題まで遠すぎ」と即答した。スマホ写真整理の記事に、電車でのガン見エピソードで入っていったら、何の記事かわからなくなる。
ハルが「でも正直でいいじゃないですか。リアルだし」とフォローした。タケルが「脚注に入れます?」と言ったので、私は笑いながら「それも違う」と返した。結局その体験談は没になったけど、記事の最後の一文に「移動中でもできます(ただし、周囲の目は気にしてください)」という一行が残った。タケルの発案を、ハルが形を変えて入れたのだった。
こういうふうにして、うちの記事はできる。
没とリテイクと「そこから?」と、静かな書き直しを繰り返して、なんとか読めるものになっていく。毎回どこかで笑いが起きて、ハルにどこかで刺されて、タケルがどこかでひっそり直す。それがちょっとだけ楽しかったりするのは、私だけじゃないと思ってる。たぶん。


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