「昔の私、1日100回スマホ見てたんですよ」
月曜の朝、ミズキがそう言い出したのは、通知管理の記事を書き終えた直後だった。得意げな顔でコーヒーを片手に、なんなら少し自慢げに。
ハルが静かに顔を上げた。
「……それ、数えてたんですか?」
一瞬、編集部の空気が止まった。スクリーンタイムに起動回数は出るけど、「100回」という数字をどこから持ってきたのか。感覚で言ったのか、それとも本当に数えていたのか。
ミズキが「数えてたわけじゃ……」と言いかけて止まった。ハルは何も追及しない。ただカップを静かに傾けるだけ。その無言のプレッシャーたるや。
「……地味にへこむ」とミズキがつぶやいた。
私は手を動かしたまま「毎週こんな感じよね」と心の中でつぶやいた。
ミズキ・26歳・自称ズボラの天才・実は詰めが割と甘い。
今週もこの編集部は、ミズキを震源地に、いろんなものが揺れていた。
「定期便カスタマイズできます」、でもそれ誰も知らなかった
今週ミズキが一番力を入れていたのは、ECサイトの定期購入についての記事だった。頻度の変更、数量の調整、スキップ機能。「これ、知ってる人少なすぎますよ」と午前中ずっと言っていた。
私もコウタも「まあそうかもね」「確かに盲点だよな」と聞いていた。記事の方向性はいい。でも冒頭が「定期便のカスタマイズ機能、使いこなしていますか?」という書き出しだった。
コウタが原稿を見て「ちょっと待って、これ、みんな知らないんじゃない? カスタマイズできるって事実が。俺も最近まで知らなかったし」と言い出した瞬間、ミズキの手が止まった。
「……え、知らないのが普通なんですか」
「友達に聞いたら全員『変えられるの!?』ってなったよ。3人中3人」
そこで初めて気づいたらしい。「知っているのが当然」という前提で書いていたことに。
ミズキはすぐに席に戻って冒頭を書き直した。30分後に出てきた原稿は、「3年使っていて、カスタマイズできることを知らなかった」という話から始まっていた。圧倒的に良くなっていた。
「早っ」とコウタが言ったら、ミズキは「言われたらすぐ直せるんですよ、私」と涼しい顔で返した。
そこは胸を張っていいのかよくわからないけど、まあいい。
「だいたいこんな感じ」はハルに通じないし、コウタにも怒られる
Androidの通知設定の手順を書いているときのことだった。
ミズキが「設定 → 通知 → アプリごとに管理」という流れを書いていたら、ハルがふと「Androidって機種によって手順が違わない?」と口にした。
ミズキは「まあ、だいたいこんな感じで通じるじゃないですか」と言って押し切ろうとした。
私はそのやりとりをデスクの端で聞きながら、「あ、これコウタが怒るやつだ」と静かに予感した。
案の定だった。原稿を確認したコウタが「それはダメ」とはっきり言った。
「ハルの指摘が正しい。GalaxyとPixelと他社機で全然違う。せめて『機種によって異なります』の一言は必要」
ミズキが「でも全機種の手順を書いたら読みにくくなりません?」と反論した。これはこれで筋が通っている。
結局、「主要3メーカーをスクリーンショット付きで補足する」という着地点を私が出した。 増やすな、減らすな、注記しろ。なんかこういう判断を週に2回くらいやっている気がする。
「次からは最初に確認してね」とコウタが言ったら、ミズキが「だって確認したら直せって言われるじゃないですか」と返した。
……まあ、そうなんだけど。
タケルの給食センター話、原稿の3分の1と一緒に消えた
今週いちばんドラマがあったのは、タケルの原稿だったかもしれない。
タケルは元給食センターの調理師で、朝6時から450人分の調理を仕切っていた経験を持つ。その段取り力が彼の記事の強みなんだけど、今週は「朝の時間を自動化する」というテーマで書いてきた。
読み始めたら、給食センター時代の話がかなり長かった。食材の搬入チェックから始まって、ロール別の作業分担、時間ごとのチェックリスト運用……臨場感はあった。でも長かった。
コウタがそっと「タケルさん、給食センターの部分、削っていいですか?」と聞いた。
タケルが「……どのくらい?」と返した。
「半分くらい」
「半分!?」
少し沈黙があって、タケルが「……まあ、読者には関係ないか」とつぶやいた。渋々ではあったけど。
コウタが編集を終えて戻ってきたとき、タケルが「全体どれくらい残った?」と聞いた。コウタが画面を見せたら、原稿の3分の1が消えていた。
「半分って言ってたじゃないですか」
「内容が重複してたんで……実質半分で、文字数で3分の1で」
タケルは3秒くらい画面を見つめて、「……確かに同じこと2回書いてた」とだけ言った。
私はその会話を聞きながらコーヒーを飲んでいた。こういうときに何か言うのは野暮だと思っている。タケルは来週また書いてくれる。それでいい。
「普通の主婦はもうやってるよ」という静かな破壊
洗剤の定期購入・自動化について、ミズキが「これ知ってる人絶対少ないですよ」と力説していた。
私は「そうかもね」と手を動かしながら聞いていた。コウタは「確かに盲点だよな」と乗っかっていた。
そこへハルが口を開いた。
「……洗剤の定期便って、普通の主婦はもうやってるよ。3年くらい前から」
ミズキが一瞬固まった。
「私の友人グループ、5人中4人は切り替えてる。むしろ話題になったのいつだっけってくらい」
「え……私のほうが遅かったの」
ミズキがそっとつぶやいた。自称ズボラの天才が、ここで「すでに知ってる人に向けて書いてる」可能性に気づいた瞬間だった。
「でも、知ってるのに続けてない人もいるよね。実際どのくらいの割合かデータある?」とコウタが入った。
それは私も気になった。「Xで軽くアンケート取れる?」と言ったら、ミズキが5分でポストしていた。行動だけは早い。
結果は「知ってる・使ってる:38% 知ってる・使ってない:29% 知らなかった:33%」で、ミズキが「知らなかった勢もまあまあいた!」と嬉しそうにしていた。
ハルが「そのアンケート、フォロワーの属性に偏りがあるから参考程度にね」と言った。
ミズキが「わかってます」と言ったけど、顔には「また刺さった」と書いてあった。
ハルが「通知全部オン」と告白して、コウタのタイトルが全滅した
今週いちばん笑ったのはここだ。
通知設定の最適化についての記事案を、ミズキが打ち合わせに持ってきた。「スマホの通知を整理したら集中できる時間が2時間増えた」という体験がベース。方向性はいい。
打ち合わせの途中、ミズキが「通知管理って、人によって本当にバラバラですよね。全部切ってる人もいれば、全部オンのままの人もいて」と言ったとき、ハルが静かに手を上げた。
「……実は私、通知全部オンのままで」
場が凍った。
ハルは校正・校閲担当。細部に命をかけている人。紅茶を飲みながらミステリを読んでいるような人が、まさかのスマホ通知全部オン。
コウタが「え、全部って……アプリ通知も?」とおそるおそる聞いた。
「SNSはアカウント持ってないから関係ないけど、メールは全部。LINEも。ニュースアプリも。来たら来たで確認するし、来なければ来ないでいい、くらいの感覚」
ミズキが「でも集中できなくないですか?」と聞いた。
「別に。気になったときに見るから」
「それ今日の記事のネタじゃん」と私は言った。口から出ていた。
「通知を整理することで集中できるようになった人」と「全部オンのままで別に困ってない人」が同じ編集部にいる。それ自体が記事になる。
ハルが「え、私の話が記事に…」と言い、ミズキが「なりますよ! この対比、すごく需要あります!」と食いついた。
コウタが興奮して「じゃあタイトルこれどう」と3案を出してきた。
ミズキがひとつひとつ読んで、3つ全部ボツにした。
「なんで!?」
「なんか上から目線っぽい」
「え、どれが?」
「全部」
コウタが少し傷ついた顔をした。「じゃあミズキが出してみろよ」と言ったら、ミズキが10秒で出してきた。コウタが黙って読んで、「……それのほうがいいな」と認めた。
ハルはその間ずっと静かに紅茶を飲んでいた。
帰り際、ミズキが「そういえばこの前、位置情報の設定がエリア広すぎて、近所のコンビニ行くたびに通知が来てたんですよ」と言い出した。
ハルが珍しく声を出して笑った。
「何のアプリですか」とコウタが聞いたら、「いや、特定のアプリじゃなくて全部なんですよ」とミズキが答えて、全員が「全部!?」となった。
今週のミズキは、通知を整理して集中力を上げる記事を書きながら、自分の設定が全然整っていなかった。
来週もたぶん、ミズキを中心に何かが起きる。
私はわりと、それを楽しみにしている。


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