設定は2個か3個か。編集部の攻防と、iPhoneが砕けた朝

A group of people discussing ideas around laptops in a bright, modern office space. 編集部コラム
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「設定は2個で十分です。シンプルな方が読者に伝わります」

月曜の朝10時。ミズキがそう言い張っていた。まだ私のコーヒーは一口目を迎えていない。湯気が立ちのぼっているマグカップを横に置いたまま、私は原稿を見ていた。

「でも奇数の方がSEO的に覚えやすくないですか。3の法則ってありますよね」とコウタが横から割り込む。

「SEO的に覚えやすい、ってどういう意味?」

私が聞いたら、コウタは「えっと……なんか読んだんですよね、どこかで」と少し目を泳がせた。読んだ、ね。どこかで。

「3つ書け。以上」

私はそれだけ言ってコーヒーを取りに立った。背中でふたりの「あ、はい」が重なって聞こえた。この編集部の朝は、大体こんな感じだ。だいたい誰かが言い張っていて、だいたい私が終わらせる。それが仕事だと思っている。

iPhoneが砕けた瞬間、場が2秒止まった

同じ週の水曜。ミズキが記事のスクリーンショット撮影をしていた。

「スクショ付きで手順を解説した方が絶対わかりやすいんですよ! 画面を実際に見せた方が読者が迷わないし、視覚的なガイドになるし——」と喋りながら、テーブルにiPhoneを置こうとして、落とした。

床に当たった音が、オフィスにいた全員に届いた。

拾い上げたミズキの顔が、少しの間固まった。画面の右下から、ひびが斜めに走っていた。

「……割れた」

「それも自動化できる?」

気づいたら私は言っていた。

場が、2秒くらい凍りついた。ハルが紅茶のカップを持ったまま動きを止めて、タケルが「えっ」という顔をして、コウタだけ口の端を少し持ち上げた。

ミズキは「できません……」と小声で言って、修理代を調べ始めた。

ちなみにその記事は、「文字で手順を書けばいい」という私の指示通りに仕上がり、コウタには「これはこれで分かりやすいっすね」と言われた。スクショなしで十分だった。ミズキはまだ少し納得してなさそうだったけど。iPhoneの修理代は2万円弱だったらしい。

「最初の1年、ずっと気づいてなかった」という暴露

木曜の夕方、ミズキが原稿を書きながら突然言い出した。

「実はこの記事に書いたカート保存機能なんですけど、私も最初の1年、存在に気づいてなかったんですよね。ずっと手動で再検索してました」

ハルが顔を上げた。「……読者に対して不誠実では? 知らなかったことを、知っているような立場で書くのは——」

「だからこそ刺さるんだよ」

私は原稿から目を離さずに言った。

「知らなかった人間が書く記事の方が、どこで気づくかが具体的になる。読者もそこにいるんだから。完璧に使いこなしてる人間が書いた記事より、1年間気づかなかった人が書いた記事の方が、読んだ人は安心する」

ハルはしばらく黙って、「……なるほど」と言った。この人のブレーキは、ちゃんと踏んでくる。でも今回は、私のアクセルの方が正しかったと思う。

ミズキの「1年間知らなかった」という体験談は記事の冒頭に入って、その回は通常より長く読まれた。数字は正直だ。知らなかったことは、隠すより使った方がいい。

「スクリーンタイムの数字、ちゃんと自分のデータ?」

金曜。ミズキが「通知の要約設定って意外と誰も使ってないんですよ」と力説していた。

「スマホの通知を見るたびに集中が切れるじゃないですか。それを防ぐだけで作業効率が全然違う。スクリーンタイムで確認したら本当に数字として出てきて——」

「そのスクリーンタイムの数字」とハルが静かに言った。「ちゃんと自分のデータ?」

ミズキが少し止まった。「……自分ですよ? 自分の、はずです」

「はず、ね」

ハルはそれだけ言って紅茶を飲んだ。このブレーキのかけ方、何度見ても慣れない。「はず」の一言で、ミズキの原稿全体への信頼がちょっとぐらついた瞬間だった。

「体験談を冒頭に持ってきなよ。『通知をまとめ設定にしたら、1日の中断が37回から8回になった』みたいな、具体的な数字と自分の変化を一緒に」

私が言ったら、ミズキはその場でスマホを取り出して自分のスクリーンタイムを確認し始めた。「あ、29回と……6回だ。設定前と後でちゃんとある」調べるのが早い。

その後、構成が全部変わった。「意外と誰も使ってない」から始まった記事が、「私の話」から始まる記事になった。結局、一番いい仕上がりになった。

洗剤7本と、中臀筋の朝

同じ週のどこかで、タケルがキッチン収納の記事を書いていた。ハルに「中臀筋って普通は聞かない言葉ですよね」と指摘されていた。

「あ、はい。保育園の送迎で姿勢を意識するって話を書こうとして……荷物が重いときに使う筋肉の話で」

「読者には伝わらないです。お尻まわりの筋肉、とか、もう少し一般的な言葉で書いた方がいい」

タケルは「わかりました。僕も明日の朝、送迎のとき実際に確かめてきます」と言って、本当に翌朝試して戻ってきた。「中臀筋じゃなくて、横のお尻の筋肉、でいけますね。荷物持ちながら意識したら確かにそこ使ってた」と言いながら。この人の丁寧さ、ほんとうに好きだ。子供が生まれてから、体の使い方への解像度が上がった気がする。

そしてミズキの洗剤7本。

「うち、同じ洗剤が気づいたら7本溜まってたんですよ。定期便の設定を変えないまま買い足し続けて、気づいたらシンク下に7本。それを解消したのがこの機能で——」

ミズキが力を込めて語っていたら、ハルが「7本というのは、正確に数えた数字ですか?」と聞いた。

「……えっと、5か6だったかも」

「では確認して正確な数字を入れてください。または『数本』と書くか」

私は少し笑った。ハルが直す前の原稿と、直した後の原稿、どっちも読んだ。正直どっちも面白かった。ただ、5本と書いてある方が、なんか実在感があった。誇張って、削った方が伝わることがある。「7本!」より「5本」の方が、本当のことを言っている感じがする。不思議だけど、そういうものだと思っている。

この編集部が書く記事が「本物っぽい」理由

週末に、なんとなく今週を振り返ってみた。

iPhoneは割れた。設定の数は3秒で決着した。洗剤の数は少し削られた。タケルは朝の保育園送迎で中臀筋を確かめてきた。ミズキは1年間カート保存機能に気づいてなかったことを白状した。スクリーンタイムの「はず」で構成が全部変わった。

これ、たぶん普通の編集部ではない。

でも、こういうカオスが積み重なって、読者に刺さる記事になると私は思っている。知らなかった人が書くから、どこでつまずくかがわかる。試してきた人が書くから、手触りが出る。ハルが削るから、数字が信頼できる。コウタが「これはこれで分かりやすい」と言うとき、場がちょっと和む。

「それ、何秒でできる?」が口癖の私が言うのも何だけど。

この編集部の記事作りは、わりと時間がかかる。5本か7本かで止まるし、奇数か偶数かで10分使うし、送迎で筋肉を確かめに行く。でも、それでいいと思っている。

……まあ、iPhoneを割るのは次から気をつけてほしいけど。

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