「通知を全部切れ」と書いた本人が一番切れてなかった話

Hand holding smartphone indoors with blurred office background, focus on screen notifications. 編集部コラム
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「通知全部切るって、怖くない?」

ミズキがそう言い出したのは、打ち合わせが始まって5分も経っていないときだった。窓の外はまだ暗く、コーヒーメーカーがカタカタと音を立てていた。キーボードを打つ音が止まって、部屋が一瞬静かになった。

私はコーヒーを一口飲んで、「あなた、カスサポ出身でしょ」とだけ返した。

カスタマーサポートって、通知との戦いで成り立つ仕事じゃないの。それをずっとやってきた人間が、「怖い」はないでしょ。そう思いながらも呆れ半分、少し笑ってもいた。

ミズキが苦笑いしながら「まあそうなんですけど……」と言いかけた瞬間、手元のスマホが光った。目線がそっちを向いた。

……この子、ゼロから始めることになりそうだ。

「23分の出典は?」校閲ハルの赤ペンが止まらない

今回の記事テーマは「スマホ通知を全部切ったら何が変わるか」。ミズキが「カスサポ時代に実際やってたのでリアルに書けます!」と名乗りを上げた。書く気があるなら任せよう、と思った。

初稿が上がってきたのは3日後の朝だった。ハルが読み始めて、2分で手が止まった。

「ミズキさん、ここの”集中できる時間が23分伸びた”という記述、出典はどこですか」

「あ、えっと……体感です」

体感は出典ではないです

ハルの声は静かだった。でも、この編集部にいちばん怖いのはハルが怒鳴るときじゃない。静かに事実を述べるときだ。コウタが「編集長、どうします」と目で訴えてきたけど、私は「ハルに任せてる」と首を振った。必要な痛みというものがある。

ミズキが「調べます」とだけ言って黙り込んだ。30分後、「スタンフォード大学の研究では、通知によって中断された集中は23分かけて元に戻るとされている」という出典付きの一文に差し替えて送ってきた。

「え、もともとそのデータを言いたかったんですよ!」とミズキが言った。

「最初からそう書いてください」とハルが答えた。

私は何も言わなかった。「それ、何秒でできる?」と聞きたくなったけど、今回は30分かかったから黙っておいた。

タケルが給食センターの話を2,000字使った夜

体験談のコーナーはタケルに頼んだ。去年子どもが生まれた新米パパ目線は絶対に読者に刺さる、と思ったから。「うちでもやってみたんだけど」から始まる実話は、ほかのどのライターにも書けない。

送られてきた原稿を開いたとき、最初の300字はよかった。赤ちゃんの沐浴後ルーティンと通知オフのタイミングが被って発見があった、という話は確かにいい。でも読み進めていくうちに、原稿が謎の方向に向かい始めた。

去年お子さんが熱中症で倒れかけた話が出てきた。そこから給食センター時代の食材管理との共通点についての考察が始まった。気づいたら給食センターの話だけで2,000字を超えていた。

「タケル、これどう削る……?」コウタがおそるおそる電話した。

「え、全部大事なんですけど」

「全部は無理です」

「給食センターで働いていた経験が、赤ちゃんの離乳食管理にも活きてて、それが通知オフの考え方とも繋がってて……」

ハルが無言でコメントを入れ始めた。赤い文字がどんどん増えていく。コウタが涙目になりながら「僕が削りますね……」と言い出した。私はずっと無言で赤ペンを走らせていた。

タケルの原稿は最終的に600字に着地した。「沐浴後ルーティンと被った」の一文は生き残って、それを見てコウタとハルが深夜12時を過ぎてから爆笑しながら見出しを直していた。給食センターの話は全部カットされた。コウタが「すみません、タケルさん」と電話したら「それは残念だけど……まあ確かに長すぎましたね」とあっさり言われたらしい。

サブスク月2万3千円問題、発覚

記事の中盤に「スマホ依存はアプリの通知だけじゃない」というコーナーを追加することになった。サブスクの棚卸しをやろうという流れで、ミズキが「じゃあ自分でやってみます!ネタになる!」とドヤ顔で自分の明細を集計し始めた。

15分後。

「……月2万3千円超えてました」

しばらく沈黙が続いた。コーヒーメーカーの音だけが聞こえた。

ハルが「それ、記事より先に解約してください」と静かに言った。

ミズキは「いや、でもこれ記事のネタになるんで……」と粘ったけど、顔が引きつっていた。コウタが「俺もちょっと怖くなってきた」と自分のスマホを裏返しにした。タケルが「僕もdアニメとかNetflixとか……」と言いかけてやめた。

その夜、ミズキから「3つ解約しました。月7,000円減りました」というSlackが届いた。記事が公開される前から、すでに効果が出ていた。

打ち合わせ中に20回確認していた人物、特定される

記事がいよいよ佳境に入ったころ、ハルがさらっと言った。

「ミズキさん、さっきの打ち合わせの1時間で、スマホを20回確認していましたよ」

場が静まり返った。

「え、そんなに?」

「数えていました」

ハルが数えていた。さすがに怖い。でも正しい。

私は間髪入れずに「それ、記事にしよう」と言った。これは使える。「通知を全部切れ」と書いているライターが、打ち合わせ中に20回通知を確認していた。この矛盾こそが、この記事でいちばんおいしいところじゃないか。

「私が一番できてないじゃないですか」とミズキが頭を抱えた。

「そうだよ。だから書ける」

それだけ言って、コーヒーをもう一口飲んだ。

ミズキが「カスサポ時代の実話として書きます」と言って持ってきたスクリーンタイムのデータも、思えばそういう話だった。ロック解除回数、83回。ハルが「……これ、本当に記事に入れますか」と確認してきたけど、私はいいと思っていた。数字の正直さは信頼になる。「私はこんなにひどかった」と言えるライターの記事は、読者が安心して読める。83回という数字と、打ち合わせ中の20回という数字が揃ったとき、記事の骨格が完成した気がした。

27個か28個か。LINEは送れるのか送れないのか

最後の最後まで数字の攻防は続いた。

「私が実際に設定している時短オートメーション27個」という見出しについて、私が「ミズキ、これ盛ってない?」と確認したら「本当なんです!」と押し切ってきた。ハルが一覧を確認して「27個、確認できました。ただ1個は厳密にはオートメーションではないので、26個が正確かもしれません」と返してきた。

「じゃあ28個にします!」とミズキが言い出した。

「なんで増えるの」

「もう一個追加すれば数が合うので!」

「実測値ですか」とハルが静かに確認した。このやりとりが10分続いた。最終的に「27個」のまま落ち着いて、ハルが苦笑いしながらOKを出した。

そして深夜11時。原稿の最終確認中に、ミズキが「あれ、LINE、直接自動送信できないじゃん!」と気づいた。「記事に書いちゃってる……どうしよう」と焦り始めたところを、「URLスキームで迂回できるよ」とハルがすかさず言った。

コウタが「それ本文に絶対入れておいて」と言い、ミズキが慌てて書き直した。なんでハルが知っているんだろうと思ったけど、聞かなかった。ハルはたまにそういうことを知っている。

タケルが「消費電力が倍になる」と書いてきたのもその夜だった。ハルが「環境省データでは最大25%増加が正確です」と即修正した。「タケル、さすがに盛りすぎ」と私は笑った。「体感だと倍くらいな気が……」とタケルが言い、「体感は出典ではない」とハルが繰り返した。ミズキが「さっき私も言われました」と小声でつぶやいた。

記事は予定より3日遅れてあがった。

「で、今は通知切れてる?」と最後にミズキに聞いた。

「……半分くらいは」

まあいい。半分でも変われば十分だ。

ちなみに私は、その後の打ち合わせからスマホを裏返しにするようにした。何回確認しようとしたかは、数えていない。数えないほうがいいこともある。

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