「私のスマホ、写真6241枚あるんですよね」
ミズキがそれを言い出したのは、Googleフォト整理の記事を入稿した直後だった。画面の前でなぜかニコニコしながら。
0.5秒でコウタが「それ、そのままタイトルにしよう」と言った。
私は思わず「は?」ってなった。でもコウタいわく「数字が具体的すぎていい。6241って絶対きれいに数えてないでしょ、ってリアルさがある」とのこと。
ハルがすかさず「6241って本当に数えたの?」と確認した。
ミズキは「大体です」と答えた。
大体で6241。もはや何も言えない。
そんな会話がこの編集部の日常で、毎週ミーティングのたびに何かしら起きている。今週は何だろう、と思って来ると、だいたい予想を超えてくる。コーヒーメーカーの前に立って「さて」と思う瞬間、「今日もミズキが何か持ってくるな」という予感が、もう体に染みついている。
「失敗談、そのまま出して」と言い続けている
あれは先月の編集会議だった。
ミズキが「あの……昨日、通知を全部オフにしてたんですけど、大事な連絡を2時間見逃して、かなりヒヤッとしまして」と切り出した。ちょっとだけ間があった。
「それ記事にして」と私は言った。
「え、失敗談そのまま?」とミズキ。
「そのままがいい。むしろそのままじゃないとダメ。で、そこから『こういう使い方なら回避できた』って繋いで。2時間見逃したってこと、本文に絶対入れて。具体的な数字がないと刺さらないから」
結果的にその記事、反響が良かった。コメントに「私も先週やりました」が複数来て、ミズキが「失敗談ってこんなに共感されるんですね」と少し驚いていた。わかってる。でも毎回発見がある。
ただ、その記事を書くときミズキは失敗談を3つ詰め込んできた。通知を切った話、Slackを休止にした話、スマホを引き出しに入れた話。全部実体験で、全部面白いのはわかる。でも一記事に詰め込むと軸がぼける。
「多い、一個でいい」と伝えたら「でも全部本当のことで」と言うから「わかってる、一個でいい」と繰り返した。構成を結局3回書き直した。
そのやりとりの途中、ハルがポソッと「農水省のデータ、出典確認した?」と言った。
ミズキが「あ……してないです」と消え入りそうな声で答えた。
ハルのその一言の入れ方、毎回すごくうまい。タイミングが絶妙で、言葉は少ないのに刺さる。これが編集部のブレーキ役の仕事だなと、横で見るたびに思う。
「説明力で補いました」という謎の自信について
ミズキには、指示を独自解釈する癖がある。
スマホ整理の記事を依頼したとき、「スクリーンショット付きで、操作手順がわかるように」と言ったつもりだった。届いた原稿は全部文字だった。
「…スクショは?」
「説明力で補いました」と胸を張った。
オフィスの静寂が2秒くらい続いた。PCのファン音だけが聞こえた。
コウタが「説明力で補う、なんかいい言葉じゃないですか」と笑いをこらえながら言った。そういう場合じゃないんだけど、文章を読んだら確かにスクショがなくても流れがわかった。手順が丁寧で、「ここでこのボタンを押すと右上にアイコンが出ます」みたいな描写が具体的で、補えてた。
だから余計に困る。
「間違ってはいないんだよ、ただ読者はスマホで見るから視覚的な確認があった方が安心で……」と言いながら、私もちょっと笑ってた。結局スクショを追加してもらったけど、文章はほぼそのままで出した。
タケルのコーデ表が給食の献立表に見えた日
タケルが1週間分のコーデを表にまとめたものを持ってきた日のことも書いておきたい。
月曜:ベージュトップス+デニム、火曜:ネイビーニット+スラックス……という感じで、縦軸が曜日、横軸がアイテム種別になっている。
「子どもが生まれてから朝の10分が命取りで。これで迷いがゼロになりました」
見た瞬間に「給食の献立表じゃん」と思った。口に出したら、タケルが「発想は同じです」とあっさり言った。元給食センターの調理師が培った段取り力を、そのままクローゼットに持ち込んでいる。なるほどな、と思った。
「アウターは週1着ルールにするといいって、妻が言っていて。それで迷う服の数が一気に減って」
そこでハルが静かに「……今日からやります」と言った。
ハルが即採用するのは珍しい。普段は「本当にそのデータは最新ですか」とか「その表現、誤読されませんか」とかブレーキを踏む側なのに。でも確かに理にかなってる。アウター週1着ルール、私もこっそりやってみようと思っている。
「生協の配達曜日は地域によって違う」を3回言った
これは完全に私の話。
食材の時短記事でミズキが作ったテンプレートに「生協は毎週火曜に届くので」という書き方があった。「生協って地域によって配達曜日が違うから、一般化しちゃダメ」と直した。
次の版でも「週に1回、生協が届く火曜日を基準に」と残っていた。「火曜は消して」と伝えた。
3回目でやっと「生協の配達曜日」という表現になった。
ミズキは「完全に見落としてました」と言っていた。悪気はないのはわかってる。でも地味にここが大事で、「うちは木曜なんですが」って思われた瞬間に記事の信頼性が揺らぐ。3回直したのはそこが大切だからで、ミズキを責めてたわけじゃない。……たぶん。
こういう細かい修正は、やってる本人は地味だと思うかもしれない。でも、読者が「この記事は自分に向けて書かれてる」と感じるかどうかって、こういう細部の積み重ねだと思ってる。
整理しようとしたら30分止まった話
6241枚の写真の話に戻ると、ミズキはGoogleフォトの記事を書いている最中に子ども時代の写真を掘り出してしまったと告白してきた。
「どれくらい見てた?」と聞いたら「30分くらい」と言うから「それ仕事してないやつ」と言った。
ミズキが赤面したのはかわいかったけど、まあ仕事はしていない。
でも、そのエピソードが原稿に入ってた。「整理しようとしたら子ども時代の写真が出てきて30分止まった」という一行が、ごく自然に。
それがなんかよかった。
整理術の記事に、整理できなかった話がある。ツールの便利さを語る文章に、ツールのせいで脱線した話がある。そのリアルさが記事に体温を与えている気がした。コウタが「この一行があるから記事に感情が入ってる」と言った。コウタ、たまにすごく正しいことを言う。
そして、「6241枚」という数字。ハルには「本当に数えたの?」と半信半疑で見られていたけど、読者からしたらそのリアルさこそが刺さる。ぴったり6000じゃなくて、6241。きれいじゃない数字が、きれいじゃない現実を表している。
毎週何かが起きる。配達曜日を3回直したり、6241枚の写真が出てきたり、説明力で補ってきたり。整っていないし、効率的じゃないかもしれない。でも、こういう場所から出てきた記事って、ちゃんと温度がある気がする。読んだ人が「あ、この人も失敗してたんだ」って少し安心できるような。
ミズキが来週も何か持ってくる。きっとまた「は?」ってなるやつを。
私はたぶん笑いながら「それ記事にして」と言う。


コメント